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誰もわかってくれなくてもいいと思っていたのに

あなたは今までの人生って順調でしたか?

 

わたしはね、

結構波乱万丈でした(^^;

 

 

両親は別々に出稼ぎに出ていて父方の祖母に育てられ5才で離婚。

 

今度は母方の祖父母に育てられましたが8才で母に引き取られ静岡県に。

 

15才の時に母が再婚し、その年妹が生まれました。

 

思春期で新しい家庭になじむ事が出来なったわたしは18才で就職し家を出ました。

 

そして21才で結婚。

 

22才で母親になりました。

 

 

わたしが今までで無条件で信頼し愛していたのは祖母でした。

(母ももちろん愛していますが、親子の愛って単純じゃないですよね。笑)

その祖母を8才の時に目の前で交通事故で亡くして

わたしは心に大きな穴が開いてしまいました。

 

 

無条件で

どんな時も笑って受け止めてくれていた人がいなくなったんです。

 

母は母で母子家庭と言う状況の中で懸命にわたしを守り育ててくれましたが、

わたしは特殊な子でしたので

母から怒られることばかりでした。

 

母が大好きだから怒らせたくないのに

怒らせてしまう事ばかりしかできない自分。

 

自己嫌悪の毎日。

 

 

そんな中でなくなった祖母の笑顔だけがどんどん美化されました。

 

 

祖母を亡くしてから

わたしは心がねじくれてしまいました。

 

「どうせわたしは愛されないんだ」(事実じゃないですよ。思い込みです。)

 

「わたしなんていなくていいんだ」

 

そんな思い込みがどんどんどんどん積み重なって

世の中を斜めに見る人間になりました。

 

 

でもね。

演劇部だったんですよ、わたし(笑)

 

いい子のふりとか、

 

いい人のふりとか

 

すっごい上手に出来る子でした。(外向きは。笑。家族には無理でした)

 

 

腹の底では「どうせ世の中なんて」って思っているのに

顏は笑っている。

 

 

 

ねじれてる。

腹黒い、やなやつ。

 

その根っこは

「どうせわたしは誰にも愛されない」

という思い込み。

 

 

実際はね、

 

どんだけ愛されて来たか知れないと思う。

今はね。

 

みんな、すっごいめんどくさいわたしと適度に距離を取り

見守ってくれていたとわかる。

 

 

でも、

 

その頃は、ねじくれて、拗ねて、「どうせ」って思っているから、

孤独に陥ることばかり起きていました。

 

 

インナーボイスを受けるすぐ前でもそうで、

いろんな所に所属するんだけれど、

仲良くなると自分からいなくなる(笑)

 

 

『いなくなることで自分の存在を示そうとする』

とっても幼い駄々っ子だったんです。

 

 

そのたちの悪い癖がね、

養成講座を受けて魔法のようになくなったかと言うと

そうじゃない(笑)

 

変化はゆるやかでした。

 

でもね。

 

インナーボイスの仲間って

部活の仲間みたいなので、

折に触れてインボイ(インナーボイスの略)仲間と絡む事がある。

 

そんな時に、だんだんと

気持ちがほぐれていって

「いなくならなくてもいいかな~」と思うようになったんです。

 

 

みんなね、

ダメな自分を受け入れる事が大事だと知っているから

へこんだ時、

ダメダメな時、

そっと見守ってくれる。

ほんのり声を掛けてくれる。

 

 

時間とともに成長できる仲間がいるって

わたしにとってはどんな宝物よりも価値があるんです。

 

 

みんなでブログを当番制で書いたり

skypeで勉強会したり、

打ち合わせと称してわいわいしたり(笑)

 

 

大人になっても

部活している大人って

なんか良くないですか?

 

 

わたしは

考えてもみなかったけれど

すごくすごく楽しい。

 

みんなに出会えて良かったし、

共通の言語である「インナーボイス」を学べて良かったと思っています。

 

 

 

という、

仲間自慢でした(笑)

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